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2021/03/18

花束みたいな恋を経験出来る気がしなさそうな人の感想

今話題の『花束みたいな恋をした』を見に行ってきました。

 

※ネタバレを含むため、まだ見てないという方はそっと閉じて頂くことをお勧めします。

 

 

自分の内側からの声に耳を傾ける

大ヒットした理由は、どこにでもあるありふれた日常がリアルに描かれていること。

 

映画やドラマ、アニメが大勢の人に親しまれ、沢山の作品が誕生した。だからこそ最近は、「突風によるパラグライダーの事故で北朝鮮に不時着した」みたいな、非現実的な作品が多いなと感じます。他と被らない工夫に作る側の人は必死なんでしょうけれども、現実的で頭の堅い私はあまり作品に入り込めません。

 

 

日常の些細な悩み。多分、街ですれ違う他の多くの人も同じような悩みを抱えているでしょう。自分が特別な存在では無いことを十二分に理解しています。そんな一般民衆の1人である私の悩みが、唯一無二な訳が無いんです。イコール、どんな悩みでも同じ様に悩んでいる人が世の中に少なからず1人は居ます。

 

しかし、映画やドラマはありえない話が多い。SNSは、何を言っても大勢の中の誰か1人の癪に障って叩かれる。

 

それに、知っている人にこそ悩みって相談しにくくないですか?

 

こんな些細なことでって思われたらどうしよう。
他の友達に流れてしまったらどうしよう。
その子が私と真逆の意見を持っていたら?

 

私は打ち明けられない訳ではありません。
打ち明けたリスク後のリスクが怖いんです。

 

家族、親友、恋人にだからこそ言えないこともあります。親しい人や大切な人だと、相手を想ってより自分が抑えてしまう感情だったり。

 

でも、それが積もり積もって、いずれ爆発する。
麦くんと絹ちゃんもそうでした。

 

 

 

浮かんだ自分の考えを安心して共有できる場はこの世のどこにあるんでしょうか?

 

小さい頃から学校では、クラスでの生活やグループワークで集団行動を学びます。協調性、誠実性、コミュニケーション能力、社会性、道徳心。どれも生きていく上でとても大切なこと。

 

しかし、集団の中に居ることによって、個性を削られて自分を無くしてしまう人が居ると思います。

 

 

 

私の小学5・6年生の担任は当時の私でも分かる程に贔屓をする人でした。

 

運動会で積極性があった私は、色々な役割に立候補しましたが1つも選ばれませんでした。ここまでなら仕方ない。でも先生がお気に入りの数人の子は、1人で2役選ばれていました。他の行事で立候補しても、選ばれるのは毎回同じ子達。

 

その影響もあって高校生の頃には、自分の人生への諦めと他人を生きることが、頭に根強く植え付けられてしまっていました。

 

自分は選ばれない人間なんだ。
大人しくしているべきなんだ。
自分の意見はあっても無くも変わりない。
寧ろ余計な事だから口に出さない。
他人に合わせていれば、嫌われることがない。

 

それでも、小学生の私は先生が大好きだったし、認めて貰いたくて必死でした。その先生が居るバドミントンクラブと放送部に入ったし、誰よりも宿題やテストを頑張りました。今は我ながらバカだなぁと思いますが、当時は素直でまっすぐ生きていました。でも、今より全然かっこいい。歳を重ねるにつれて、外的要因が増えますからね。

 

ありのままの自分を伸ばすことを教えて欲しかったな。
私の現在の目標は、自分が10代の時に必要だった大人になることです。

 

 

 

そのようにして、今まで人に合わせて自分を偽ってきた訳です。友達は大好きだけど、相手に合わせるのに必死の毎日。楽しさより気疲れの方が大きい高校生活。周りは恋人が欲しいと嘆く中、私は心を許せる友達すら出来ないのではないかと思っていました。

 

ですが、ふと気づきました。
そもそもありのままの自分では嫌われると勝手に判断して、本来の自分を出してこなかった。

 

今はありのままの自分を内に秘めて、他人を生きている自分を好いてくれる人が集まっている。
ありのままの自分を出さないのだから、ありのままの自分を好いてくれる人が集まって来てくれる訳がないんですよね。

 

大学生の麦くんと絹ちゃんは、お互いがありのままの自分で生きていた。そして、好きなものや考えを共有して心から理解し合える関係を築いた。世間では当たり前かもしれないけど、私にとっては理想の出会いが具現化されていました。

 

心から信頼出来る、楽しめる人が欲しい。
感情、思考、映画、小説、漫画、ゲーム、勉強を共有できる人が欲しい。

 

そのためには、まずは自分を生きることから始めよう。
他人にならないように、しっかり自分自身に耳を傾けよう。

 

これが『花束みたいな恋をした』から受けたメッセージ1つ目です。

 

 

他人は一生他人であり、自分は一生自分である。

話は変わって、この映画の1番のターニングポイントは、麦くんが就職を決意する場面だと思います。

 

絵を描きたい。
でもそれを世間は許してくれない。
やりたいことをして生きる。
それがとても難しい世の中。

 

でも、麦くんの就職を絹ちゃんは止めます。人間は、他人の変化を自分の周囲の変化として捉えます。よって、自分を取り巻く環境の一部が変わってしまう不安や、自分が取り残されるのではないかという焦りから止めたくなる。絹ちゃんもそうだったんだと思います。

 

それでも「絹ちゃんとの現状維持」の為に、麦くんは就活することを決意。
そこから徐々に2人の生活と価値観に歪みが生まれます。

 

麦くんは社会のレールに乗って、徐々に自分を見失っていきます。それも無自覚の内にエスカレート。気づけば、2人でやるのを楽しみにしていたゲームが、雑音と化して仕事の邪魔に思えたり。共有していた漫画が、息抜きに思えなくなったり。

 

 

 

一方で、その麦くんの変化を傍で見続けながらも、絹ちゃんは「私はやりたくないことしたくない。ちゃんと楽しく生きたいよ。」と一生懸命抗い続けます。その自分を貫く絹ちゃんの姿こそ、大学生の麦くんが絹ちゃんを好きになったきっかけ。そして、お互いの価値観が同じだったから、惹かれ合って恋人になった。しかし、社会人になった麦くんにとっては耐え難いものだった。

 

麦くんの傍に居ながらも自分を貫き続ける絹ちゃんの強さと諦めた麦くんの辛抱が、2人の心の距離を徐々に遠ざけていきます。

 

そんな中での、やりたい事を貫いていた先輩の訃報はより大きなものに感じられました。

 

 

 

どれも他とは違った形をしていた世界に1つしかない石が、社会という荒波に揉まれる中で綺麗に角を削られ、全員が同じ無機質な形に加工される。そして、無数にある中の1つとなって箱に並べられる。就職の事を考え始めた大学2年の私は、ありのままの自分で生きる大変さを、この先自分が進む辛い現実を、乱暴に突き付けられたように感じました。

 

大人になるってそういうことなんでしょうか?
妹が鬼にされるより、こっちの方が私にはよっぽど残酷に思えます。

 

社会と共存することで、無自覚に扱いやすい思考に洗脳され、個性を抜き取られる。
結果、社会にコレクション化されている。
麦くんと同じような人が、世の中には沢山居ると思います。

 

 

 

 

無自覚に他人を生きている事に気づいて欲しい。
自分を生きる楽しさに気づいて欲しい
ずっと自分を生きて欲しい。

 

『花束みたいな恋をした』から受けた2つ目のメッセージ。

 

 

 

堅物な自分

ここまで読んで頂い方には十二分に伝わったと思います。

世の中の人はこの映画をカップルで見たら別れるか、否かで話題になっている。なのに、私はこんなお堅い感想と考えを巡らせている訳です。13:15分上映開始の回を見た直後から。約2時間掛けて家に帰る為に(田舎なので)、車に揺られている時も。いつも寝る時間をとっくに過ぎた現在の2:18分まで。ずっと。ぐるぐるぐるぐる。

 

こんな私と思考と感情を共有してくれる人は、果たしているのでしょうか…。

 

ここまで「自分を生きよう!」などと、強気で語っておいて、最後に根強く植付けられた超悲観的思考が姿を現してきました…笑。

 

 

 

実際、私もこれから「自分を生きる」スタート前なんです。

 

大学1年生をリモート授業の影響により、孤独で過ごしました。その自粛期間から今日までで、考え方や捉え方を変えられた訳で。現在は、家族以外との対面でのコミュニケーションはほぼありません。春から大学で、1からの人脈作りを「ありのままの自分」で始めていくつもりなんです。

 

 

今はありのままの自分を取り戻すべく、自分としっかり向き合います。その中で、自分の物事を深く考える癖に気づきました。そして、その癖を自覚して大きな発見を得られたんです。

 

×「物事を深く考える」ことを意識せず(そもそも無自覚)に過ごす

・ネットショッピングで無駄に比較して検討。結果、時間を溶かしたと自己嫌悪。

・心配性で膨大な時間を掛けて120%の準備

・常に最悪な事態を想定して不安になる

・映画・ドラマ・アニメ・歌詞は見終わった後に浮かんでくる感情を、面倒臭いからしっかり向き合わない。結果、薄い感想止まりの漠然と好きという感情。それらは、娯楽として日常の1部が豊かなものとなる。

 

◎「物事を深く考える」ことを意識して過ごす

・時間を掛けて調べて買っているからこそ失敗が少ないし、お気に入りの物に出会える

・完璧主義ではなく最前主義に

・準備で完璧になる物はこの世にないから質はそのままで費用対効果をあげる

・映画・ドラマ・アニメ・歌詞は見た後に自分の中に浮かんでくる感情にしっかり目を向ける。結果、1つ1つが胸に刺さるし響くので、満足感が段違い。それらは、感化されたことで行動や考えが変わって日常全体が豊かになる

 

考え方1つで人生こんなにも変わるんです。

 

 

 

最初から感情のままに、ノンストップで書き殴ってきました。映画の話はどこ行った状態ですね笑。でもそのお陰で、自分の頭にあるバラバラだった感情を、今また新たに自分自身で言語化出来た。そして、それを見て思いました。

 

私、頭の堅い自分のこと意外と好きかも。

 

こうやって、自分自身とひたすら向き合うことで急に見えてくるものってあるんです。そして、それによって自分を知っていくのが楽しいんです。

 

実際に1番最近の新しい自分の発見は、加熱調理した鮪が好きということです。

 

 

小学校の自分をぼーっと思い出していた時のこと。

 

「給食が魚の日は、テンションが下がっていたなー。でも鮪の竜田揚げだけは、唐揚げや混ぜご飯、デザートよりも大好きだったなー。魚介類は小さい頃から全般苦手で、今もサーモン位しか食べれないのになんで?。そう言えば加熱した鮪って、大好きな鶏胸肉のパサパサ感に似てる。これだ。」

 

可笑しいでしょ?でも面白いでしょ?
実際にスッキリすると超気持ちいいんですよ。

 

 

好きな朝井リョウさんもラジオで言ってました。「思考は人生税」って。

 

ですので、読んで下さった方も、まずは「ありのままの自分」を見つめ直してみて下さい。

 

 

 

勘違いしないで欲しいのですが、これは「やれば出来る!」みたいな楽観的な話じゃないですからね。根拠の無い自信や言葉が綴られた自己啓発本は、私自身苦手ですし。

 

「ありのままの自分が1番美しい!」とか言われても、「それが出来ないからこちとら困っとるんや!」って感じですよね。

 

私が伝えたいのは、「全ての事象に思考を巡らせれば、霧が晴れて視野が明瞭になるよ」ということです。

 

 

 

読者の皆様が私の激し過ぎる心境の変動に、着いて来て頂けていたかは、不安な所ですが。「何言ってんだこいつ」って怪訝な顔を向ける方も居ると思います。寧ろそっちの方が多いかと。高校生の私が、偶々snsで目に止まったこの文章を読んだとしても、心に響かなかっただろうというのが正直な気持ちです。

 

でも成功してる人も常に順風満帆だった人は居ないと思います。

 

あのRolandさんが、「誰かNo.2のなり方を教えてくれ。俺はどう頑張ってもNo.1にしかなれない。」と言っていたというエピソードがあります。流石Rolandと思いますよね。でも虚勢を張って居たのは、「自分自身に喝を入れないとダメになってしまいそうな程に、追い詰められていたからだり 。」と言っていました。今は夜景の綺麗な正にRoland邸というようなマンションに住んでいますが、水道とガスが止まるような極貧生活を経験した事もあるそうです。

 

そして、「虚勢と張っていると思われるような、バカにされる程大きな夢をしっかり周りに言え。言ったことは実際に誰かの心に点として残って、優しくしてくれる人が現れる」と言っていました。結果、口に出した目標は全部叶ったそうです。

 

 

 

人生で一番若い今日から、少しづつ始めていけばいい。

この文章が誰か1人でも響いてくれた方が居たら、私はそれで本望です。

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